『阿部青鞋俳句全集』100冊先行販売について
『阿部青鞋俳句全集』
著者:阿部青鞋
編集:大穂汽水
編集協力:赤田雅子、中川專子、妹尾健太郎、小川蝸歩、大井恒行
表紙:日比藍子
発行:暁光堂
頁数:382頁
判型:B6判
定価:3,300円(税込)
★3/27(土)より、りんてん舎店頭にて100冊を先行販売いたします。併せて店舗購入限定特典「阿部青鞋 書影集」(カラー印刷)を頒布いたします(売切次第終了)。
★通販、お取り置きにはご対応できません。あしからずご了承ください。
阿部青鞋(あべ・せいあい/1914〜1989)
大正3年、東京市渋谷区に生まれる。詩人・北園克衛によるアヴァンギャルド雑誌『レスプリヌウボオ』や詩人・西脇順三郎の詩論、エイゼンシュタインの映画等、モダニズム文化を享受するなかで句作を始める。昭和11年ごろ新興俳句運動に参加。戦中には渡辺白泉、三橋敏雄らと古俳諧の研究に没頭。昭和20年、岡山県英田郡巨勢村に居を移し、以後30年余りをその地に暮らす。昭和38年以後は公務を退き、クリスチャンの牧師となる。
切れ字を省き、不穏な独語にも似た口語体をもちいることで、みずからの感情を万象のふるえとの肖似において結晶化する特異な作風をもつ。その奇襲的なレトリックによる乾いた笑いの感覚、不意打ちの真実性は、詩型を越えて少数ながら熱烈な読者を生んできた。本俳句全集の上梓によって、青鞋句の全貌が初めて明らかとなる。
『阿部青鞋俳句全集』50句抄
梟の目にいっぱいの月夜かな
馬の目にたてがみとどく寒さかな
ぶりの血を見ながら牡蛎を買いにけり
感動のけむりをあぐるトースター
少年が少女に砂を嗅がしむる
一生の白いかもめが飛んでくる
べとべとのつめたい写真館があり
あたゝかに顔を撫ずればどくろあり
人間を撲つ音だけが書いてある
半円をかきおそろしくなりぬ
かたつむり踏まれしのちは天のごとし
永遠はコンクリートを混ぜる音か
流れつくこんぶに何が書いてあるか
コーヒーの唯にんげんを憎む色
虹自身時間はありと思いけり
時間とはともあれ重いキャベツのこと
ひきだしに海鳥がきてばたばたする
日本語はうれしやいろはにほへとち
うんという言葉は水の言葉かな
砂ほれば肉の如くにぬれて居り
一生に一度のくちばしがほしい
青年のごとくに腹をこわし居り
指さきを嗅いで茂吉の歌を読む
冬ぞらはすこしへりたるナフタリン
また思うフォークのような海溝を
甘い甘い電線がある胸のなか
ぼくの笑う番がきたのではないか
感情もおそらくキャベツくさいだろう
「ねえ今日が立冬だったんですね」「うん」
いっぽんの春の雨しか降らぬかな
蜜蜂の箱がときどきこみあげる
炎天のすぐれてくらき思ひかな
上くちびる下くちびるやいなびかり
パンの耳これはどこかの波打際
ピン呆けの蝶の写真を見て叫ぶ
結局はさびしがりやの筋肉よ
くちびるを結べる如き夏の空
笹鳴のふんが一回湯気をたて
この国の言葉によりて花ぐもり
想像がそつくり一つ棄ててある
ねむれずに象のしわなど考へる
くさめして我はふたりに分れけり
或るときは洗ひざらしの蝶がとぶ
夢にして蜂蜜どうと流れけり
冷蔵庫に入らうとする赤ん坊
正直に花火の殻が落ちてゐる
トランプのダイヤに似たる夏心
参考に一つの星が流れけり
くちびるを動かせばくる電車かな
どきどきと大きくなりしかたつむり
一ぴきの言葉が蜜を吸ふつばき
(文責・りんてん舎 藤田裕介)